生成AIに重課税される夢を見た。
制度の名前は、たしか「生成知能利用税」。
いかにも役所の会議室から出てきそうな、堅くて長い名前だ。
仕組みは単純でした。AIが文章やコード、画像を生成するたびに利用量が記録され、生成物1Mトークンにつき100円。さらに、その生成物を使って得た売上の10〜20%が「AI成果物付加税」として上乗せされる。

夢のなかの私は、明細を眺めながら本気で憤慨していました。
「なんじゃこりゃ、待ってくれよ。オレはAIと遊んでいるだけで、日々、研究をさせているんです。それにいつか商売にもちょっとだけつなげたいだけなんだ。って、あっ…」
口に出してから気づきます。仕事・売り上げを上げるからこそ課税される——制度をつくる側の理屈は、きっとそっちなのでしょう。
目が覚めて、ほっとします。
そのあと少し考えて、今度はじわじわ落ち着かなくなってきました。
「人間の仕事を奪うなら、税金を払ってください」
AI税を正当化する理屈は、実はいくらでも組み立てられます。
生成AIは大量の電力を消費し、人間の仕事を代替します。既存の著作物を学習に使っています。企業の生産性と利益が上がる一方で、雇用と所得税収は減るかもしれません。
ならば、AIが生み出した価値の一部を社会へ戻すべきではないか、と。
こう並べられると、そこまで無茶な話には聞こえないから困る。
人間を雇えば、給与から所得税や社会保険料が発生します。ところがAIエージェントを何百体走らせても、AI自身は一円も納めません。企業が人を減らしてAIに置き換えていけば、国から見える景色は「課税できる労働者が減っていく」というものになります。


その穴を埋めるために、AIの利用量や成果へ課税しよう。そういう議論が出てきても、まったく不思議ではありません。
そして実のところ、似た話はすでに一度、現実の議事録に載っています。
2017年、ビル・ゲイツ氏がロボット税を提案して話題になりました。「工場で5万ドル分の仕事をする人間には所得税と社会保障税がかかる。同じ仕事をロボットがするなら、同水準で課税すべきだと考えるだろう」という理屈です。
同じ年の2月、欧州議会ではロボットに関する規則を議論するなかでロボット税の案が検討されました。決議自体は396対123で可決されましたが、ロボット税の条項は否決され、本文から削除されています。報告書を起草した議員は「開かれた前向きな議論を拒否した」と落胆を表明しました。
韓国では同年、設備自動化投資への税額控除を縮小する改正が行われ、一部メディアが「世界初のロボット税」と報じています。ただし実態は、大企業で3%から1%、中堅企業で5%から3%へ控除を引き下げ、小規模事業者は7%を据え置くというものでした。「ロボットに課税する」のではなく「自動化を優遇するのをやめる」形だったわけです。
この韓国のケースには、後日談があります。2024年の実証研究によれば、この改正のあと自動化投資は減少し、雇用は増加し、賃金格差は縮小したと報告されています。課税の対象を「機械そのもの」ではなく「機械を入れる投資の優遇」に置いたことで、副作用の少ない形に収まったとも読めます。この点は、あとで戻ってきます。
つまり、「人の仕事を代替する機械に課税する」という発想自体は、すでに何度も真顔で検討されているわけです。夢のなかの制度は、そこにいた発想が、機械から生成物へ乗り換えてきただけとも言えます。
1Mトークン100円は、誰の首を絞めるのか


問題は税率の水準ではありません。「AIを使ったこと自体」に課税する設計のほうです。
大企業であれば、AI税が増えても価格へ転嫁できます。独自モデルを自社開発する、処理を海外拠点へ移す、といった逃げ道もあります。
一方、個人事業主や小規模な制作会社はそうはいきません。
ブログを書く、プログラムを作る、画像を生成する、問い合わせ対応を自動化する。
一人会社をAIエージェントで回す。
こうした使い方ほど、まだ利益率は低く、そして試行錯誤のための生成量が多いのです。完成品にたどり着くまでに捨てられた文章やコードにまで課税されるなら、それは実質的に「挑戦した回数」への課税になります。
一発で正解を出せる人ほど得をして、何度も書き直す人ほど損をする。創作の現場を知っている人なら、この設計がどれだけ倒錯しているかわかると思います。
さらに厄介なのが、この2枚のGPUの前に座っている身としての実感です。
当ブログでは、RTX 5060 Ti を2枚積んだ自宅サーバーでローカルLLMを動かしています。ここで生成されるトークンの限界費用は、ほぼ電気代だけです。1Mトークンを回しても、かかるのはせいぜい数円から十数円でしょう。
そこに1Mトークン100円が乗ったら、どうなるか。税額が、実際にかかっている費用の何倍にも膨れ上がります。
自分の電気で、自分の機材で、自分の部屋を暑くしながら回している計算に、その何倍もの税が乗る。しかも、その使い方をしている人ほど、たいてい商売としては小さいのです。
これはAIによる格差の是正というより、AIを使って大きな側に追いつこうとしている、小さな側の梯子を外す制度になりかねません。
そもそも、どこからが「AIの成果」なのでしょう
もっと厄介なのが、AI成果物の境界でしょう。
AIにタイトル案だけを出させて、本文は人間が書いた記事は、AI成果物でしょうか。
人間が仕様を決め、AIがコードを書き、人間が修正したアプリは?
AIが作った画像を参考に、デザイナーがゼロから描き直した場合は?
誤字脱字の修正、翻訳、検索、要約まで課税対象にするのでしょうか。
この線引きは、たぶん誰にも引けない気がします。将来、OSやスマートフォン、カメラ、文章作成ソフトにAIが当たり前に組み込まれれば、「AIを使っていない成果物」であることを証明するほうが、はるかに難しくなります。
そのとき何が起きるか…。
徴収するには、まず測らなければならない
税は、測れないものには課せられません。
だから1Mトークン100円を実施するということは、すべての生成を測る仕組みを、社会に敷くということです。
どっかの消費税のように…。
生成履歴を保存する。利用者と成果物を紐づける。売上との対応関係を追跡する。クラウドAPIならまだ可能でしょう。事業者に報告義務を課せば、数字は集まります。
では、私の部屋で動いている llama.cpp はどうなるのでしょうか。
ローカルLLMには、そもそも計測する主体がいません。誰にも報告されず、誰にも記録されないまま、トークンが生成されていきます。ここを課税対象に含めようとするなら、手段はひとつしかありません。端末の側に、計測と報告の仕組みを埋め込むことです。
私が本当に落ち着かなくなったのは、たぶんここです。
AI税そのものより、AI税を成立させるために必要になるインフラのほうが、ずっと重い。一度そういう配管を通してしまえば、あとから流すものは、税額の計算だけとは限らないでしょう。
課税するなら「生成量」ではなく「利益」ではないでしょうか


誤解のないように書いておくと、私は「AIには一切課税するな」と言いたいわけではない。
AIの普及で莫大な利益を得る企業が現れ、その裏で雇用や産業構造に負担が生じるなら、一定の社会的還元は必要になるはず。制度が掲げる使途そのものは、まっとうなものです。
ただ、見るべき対象が違うと思うのです。
課税すべきなのはトークン数でも、AIを使ったという事実でもありません。実際に生まれた利益と、社会に押しつけられた負担のほうです。
- 大量の計算資源と電力を消費するなら、その環境負荷に課税する
- 独占的な利益を得ているなら、法人利益に適切に課税する
- 人員削減による利益が極端に大きいなら、雇用と再教育への負担を求める
いずれも既存の税制の延長線上にあり、新しい監視の配管を敷かずに実施できます。さきほど触れた韓国の例が示しているのも、たぶん同じことです。「機械そのもの」ではなく「投資の優遇」という既存の枠を動かしたから、副作用の少ない形に収まった。新しい徴収機構をゼロから建てる必要は、なかったわけです。

AIを使う人すべてから薄く広く徴収する制度は、たしかに簡単です。けれど簡単な制度ほど、本当に負担すべき人を取り逃がしやすい。取りやすいところから取る、というのは、だいたいそういうことになります。
夢で終わってほしいのですが
いまはまだ、「1Mトークンにつき100円」などと言えば、質の悪い冗談に聞こえます。
けれど、かつて無料同然だったものに利用料がつき、便利になったものに新しい税がつく——そんな例は、決して珍しくありません。
水道、電気、通信、燃料。
社会に不可欠なものほど、利用量を測りやすく、徴収もしやすい。
生成AIも、いつかその列に並ぶのだろうか。並ぶとしたら、そのときにはもう、課税対象に反対できるだけの距離が、我々の側に残っていない気もしますね。
生成AIなくして、生きていけない体になっている。
◇
目が覚めた私は、夢でよかったと胸をなでおろすのであった。
そして念のため、…利用料の画面を確認。
——まだ、生成AIは非課税でした。(正確には消費税の10%のみ)
この記事について
記事中の「生成知能利用税」および掲載した制度検討資料8点は、すべて架空のものです。実在する制度・組織・政策とは一切関係ありません。数値もモデルケースとして作成したもので、実データではありません。
一方、記事中で触れたロボット税をめぐる実例は事実に基づいています。ビル・ゲイツ氏の提案(2017年)、欧州議会での否決(2017年2月)、韓国の自動化投資控除の縮小(2017年)は、いずれも報道および議会文書で確認できます。

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